群馬県の最北、みなかみ町の中でも最奥部に位置する藤原地区。年間約100万人もの観光客が訪れる一方、住民は約400人という小さなコミュニティーに、大自然の中で子育てしたいと移住した夏目さん一家。山暮らしの魅力と厳しさを伺った。
さいたま市出身。啓一郎さんはフリーランスのカメラマンとして東京にも拠点を持ち、地元と2拠点で活動。本業のほかにアウトドアガイドなども務める。友紀さんは春から秋は町内の介護施設、冬はスキー場のカフェにパート勤務。
啓一郎さん|スキーシーズンの始まりは待ち遠しいですね。朝一番の誰も滑っていないゲレンデに一番乗りして、パウダースノーを独占するのは最高の気分です!
友紀さん|紅葉が終わって初雪までの間はアウトドアの遊びが何もないから、初雪が降ると、みんなニコニコしちゃうんですよ。
1シーズンに90日間くらい滑っているという夏目さんファミリー。睦穂くんは上級生も出場するスキー大会で入賞する実力。
田舎暮らしをしたいと思ったきっかけは?
啓一郎さん|移住前はさいたま市に住んでいましたが、息子が生後4か月くらいの頃に東日本大震災がありました。電車が止まったり、計画停電で電気がないと何もできなかったり。スーパーではみんな買い漁り……。隣近所とのつながりもほとんどないし、都会は危ないなと思ったのがきっかけの一つですね。
もう一つは、アパートの階下の人からうるさいと苦情を言われ、子どもが委縮しちゃったこと。そういうのを見て、もっとのびのび子育てできる場所をと、移住を検討し始めました。
みなかみ町の藤原地区を選ばれたのは?
啓一郎さん|都内での仕事は続けたかったので、東京からのアクセスがよいことが第一条件でした。そんなとき、NPO奥利根水源地域ネットワークのウェブサイト「Play! FUJIWARA」を見つけたんです。アウトドアスポーツが好きで、みなかみ町へは以前からよく訪れていたことから、代表の北山さんにコンタクトを取りました。
奥様はこの地区への移住に際して不安はなかったのですか?
友紀さん|移住前は隣に大型スーパーという生活だったから、買い物は大丈夫かなと思ったけれど、住んでみたら意外と平気でした。まとめ買いで間に合うし、お野菜などはご近所の人からいただくことも多いんです。帰宅すると玄関に白菜とかキュウリとか、どーんと置いてあったりして、「誰だろう?」なんて(笑)。
山菜取りもできるし、ここなら少しぐらい電気が止まっても、買い物に行けなくてもなんとかなりますね。
啓一郎さん|実は、移住者仲間と田んぼを借りて米作りにも挑戦しているんですよ。1軒だけだと無理だけど、協力すれば稲作もできる。
(右上)移住のきっかけとなったウェブサイト「Play︕ FUJIWARA」は、今は主に夏⽬さんが担当。(右下)小学校の田んぼでも児童と保護者で田植えや稲刈りを行っている。
地元の人との付き合いはいかがですか?
友紀さん|子どもをきっかけに受け入れてもらいやすかったですね。優しい人が多くて、困ったときには本当に助けてもらっています。
啓一郎さん|毎月イベントや祭りがあって、移住前にも手伝いに来ました。獅子舞なんて絶対無理って思ったけれど、一生懸命覚えたら認めてもらえました。
そんなふうに顔を広げていけば、地元の人とつながりができます。消防団とか婦人会とかは、地元になじむのにいいきっかけになりますよ。
築80年くらいの家を借り、ライフスタイルに合わせてリノベーション。窓を開ければ季節の彩りをまとった山々が手に取るように見える。
移住を決意した理由の一つ、大自然の中での子育てはいかがですか?
友紀さん|音を出すのも遠慮する生活だったのが、ここなら大音量で歌い放題。家の中でバスケもできるし、冬は玄関開けてすぐに雪遊びができます。
積雪は想像を超えていて、息子をソリに乗せて引きずりながら保育園に送り出したことも。4日くらい続けて降ると、私はげんなりするけれど、息子はワクワク。すごいエネルギーですよね。
同学年は息子だけなので、授業はマンツーマンです。子どものペースで学べるし、発言や発表の機会が多く度胸がつくのはいい面ですね。
ただ、数年後に中学校が統合することが決まって、通学が難しくなるので困っているところです。
啓一郎さん|冬はスキー授業があったり、夏はカヌーやSUP、山登りなどをしたり、のびのび成長しているなと思います。
僕の中心は息子なので、子育てにベストな場所を探したら、ここだった。
学校までの長い距離を歩いて通うっていうことに、すごく価値があると思うんです。途中で山菜や木の実を覚えたりできるし、大人の足でもきついところも平気になりました。7歳で、雪の季節に尾瀬の至仏山の頂上まで登ったことも。そういうところは、都会の子育てでは絶対できませんから。
「雪の壁を見せたかった」という睦穂くん。例年は2mくらい積もるから、屋根から飛び降りて遊べるとか。
(左)家の裏の斜⾯に⾃分でジャンプ台を作って遊ぶ睦穂くん。(右上)夏はSUPやカヌーを満喫。(右下)上級者向け登山ルートにも挑戦するたくましさ(写真は谷川岳西黒尾根)。
藤原地区での暮らしの魅力は?
啓一郎さん|春夏秋冬楽しめるワールドクラスの大自然ですね。季節の一番いいときを見逃さない。紅葉にしても新緑にしても、本当にきれいなのは年に3日くらい。住んでいないと見られません。
尾瀬も近いので、朝起きて天気が良かったら「尾瀬行こう!」とか。
生活面でも規則正しくなりました。収入は下がっても、生活のクオリティーは格段に上がりましたね。
友紀さん|みなさん、春の匂いが好きって言うんです。景色じゃなくて匂いで春を感じるっていうのを、ここに来て初めて知りました。
食べ物も、野菜や果物がすっごくおいしい!スーパーに並んでいるのと全然違いますよ。
家族もご近所同士も助け合わないと成り立たない暮らし。周りの人のやさしさ、温かさを実感するという友紀さん。
啓一郎さん|知っている人に毎日会うという安心感もありますね。お互いに距離感が近く、見守ってくれていると感じます。
それから、協力しないと暮らしが成立しないことも、逆にいいことだと思います。冬は、僕が除雪している間にご飯を作ってもらわないと、子どもを送り出せません。お互いにやるべきことがちゃんとあるのは、田舎暮らしならではです。
友紀さん|男の人たちは年代を問わず、みんな除雪が好きなんですよ。雪が降ると、おじいちゃんたちも張り切っていますね。役割があるから、みんなお元気です。
1家に1台という除雪機は豪雪地ならではの必需品。冬の朝は、除雪作業から始まる。
藤原地区への移住を考えている人へのメッセージがあれば。
友紀さん|私は、定住というより引っ越しという感覚で移住しました。人生経験の一つとして、こんな生活もいいかなって(笑)。だめだったら、また別のところへという気軽さも必要かもしれませんね。
啓一郎さん|一生ここにいなくてはという感覚だと結構苦しいかもしれません。まずは来てみて、経験者や地元の人たちとも話して、いい面だけでなくデメリットも知ってほしいと思います。
▼「Play! FUJIWARA」の情報はこちらまで
仕事では都内にも足を置きつつ、地元の生活にもがっつり入り込んでいる啓一郎さん。都会と田舎に拠点を置く暮らしが可能なのは、首都圏とのアクセスがよい群馬ならではのメリットだという。
藤原地区は観光地なので、選ばなければ仕事はたくさんあるという。住民が少ないので、パートで働く友紀さんの勤務時間や休みの日など、都合に合わせて融通をきかせてもらいやすいとか。