藤岡市鬼石地区の緑豊かな山間に「あじさいの里」はある。そのすぐそばに佇むのが、夫婦ふたりで営むギャラリーカフェ「芸術・茶屋 カタチ」だ。のどかな地域に上手に溶け込みながら過ごす渡辺さんご夫婦に移住のヒントを教えていただいた。

東京都→藤岡市(2017年移住) 渡辺嘉達さん・渡さん

profile

ご主人の嘉達さんは⼤学で現代美術批評を専攻し助手を経験。その後は、都内でギャラリーカフェを営む。奥様の渡さんはイラストレーターを経て、カフェを⼿伝う傍ら、創作活動に励む。

午後2時、窓から入る雨上がりの空気が心地良い。

渡さん|窓を開けると、裏の沢からいい空気が入ってくるでしょう。雨上がりは、本当に気持ちが良くて。

沢のせせらぎと鳥のさえずり、そして虫の声がBGMなんですね。

嘉達さん|移住をきっかけに、テレビも処分しました。自然の音がとても豊かだから必要ないと思いまして。

廃屋同然の古⺠家を修復してギャラリーカフェに。カフェは2018年2⽉にオープンしたばかり。

(左)時間をみつけて、夫婦で家の周りをのんびり散歩することも。(右上・下)人工的な灯りの下ではなく、自然光の入る日中のみ創作活動を行う。

ここでカフェを開こうと決めた理由は、自然環境の良さでしょうか?

嘉達さん|はい。実は、友人の案内で隣の空き物件を見に来たのが最初でした。この家はジャングルみたいにうっそうとした中にあって半分以上朽ちているような状態でしたが、漆喰の壁に瓦屋根の佇まいが気になって。

他にはどんなところに魅力を?

渡さん|中に入ると、ぼろぼろの障子があったのですが、格子のデザインが可愛らしくて、これは磨けば使えるかもしれないと(笑)。縁側の硝子戸も、当時は開かなかったんですが、よい佇まいに思えて。周りの空気のよさと相まって、「私はここがいい」と。

納得いくまで作品と向かい合えるようになったという渡さんの創作活動を、嘉達さんが全力でバックアップ。

ご主人はどんな返答を?

嘉達さん|私も自然と、「ここに決めよう」と思いました。私たちのような移住希望者に惜しみなくご協力くださる八塩温泉八塩館社長の堀口さんも仲介してくださって、遠方に住む家主の方が土地と建物を譲ってくださったんです。

廃墟同然の家を復活させるには、たくさんご苦労されたんじゃないでしょうか?

嘉達さん|地元の皆さんが本当に良くしてくれて。堀口さんをはじめ、いろいろな腕利きの方が力を貸してくれたんです。教わりながら自分たちでも出来る部分は頑張りましたが、皆さんの協力のおかげで、30年くらい空き家だった家屋を修復することができました。先ほどの“開かずの硝子戸”も、建具屋さんが見事に復活させてくださいました。職人の皆さんのお仕事にも日々感心していました。

庭の整備から物置づくりまで堀口さん(写真左)が⾯倒をみてくれた。いただきものの薪ストーブもピカピカになってカタチへ。

(左上)ヘビイチゴの群生がかわいい玄関へのアプローチ。(左下)一目ぼれの建具も復活。(右)元の家の造りを生かした空間にアートがなじむ。

夫婦で営む「芸術・茶屋 カタチ」の玄関。看板の味わい深い文字は堀口さんが書いてくれた。

縁側や玄関のアプローチなども随所にセンスが光っていて素敵ですね。
地域の皆さんの協力があっての、今なんですね。

嘉達さん|ありがとうございます。まさに、そうですね。だからこそ、私たちの店「カタチ」も、地域の方にとって現代アートの床の間を見ながら、コーヒーをゆったり味わえる、そんな憩いの場でありたいと思っています。

地域とのつながりを感じますね。

渡さん|「カタチ」で出しているコーヒーも、近所の「鬼カフェ」のオーナーである未奈ちゃんに焙煎をお願いしているんです。豆もとても好評で、何より彼女と話せば話すほど素敵な女性で、わたしの憧れの人なんです。

嘉達さん|そういえば、未奈ちゃんから英会話も習っているんだよね。

英会話ですか!?

渡さん|はい。鬼石では毎年、海外アーティストが数週間滞在して作品を制作するんです。「アート・レジデンシー」と呼ばれるもので、滞在期間に作品を展示したり、ワークショップや地元のイベントを通して、地域住民との交流もあります。そんなふうに外国の方々とも接する機会が多いので、少しでもスムーズにコミュニケーションをとれたらいいなと思って、習いはじめたんです。

嘉達さん|移住する以前に滞在中のアーティストに会い、鬼石のアート・レジデンシーである「シロオニスタジオ」創立者のキール・ハーンさんとも知り合いました。地域おこし協力隊の相庭さんにも移住前からいろいろ町のことを教えていただきました。

渡さん|ご縁をひとつひとつ大事にしながら、移住する気持ちが自然と高まっていったのだと思います。

ご自身に合った場所に出会えたということでしょうか。

嘉達さん|そうですね。田舎によっては、もしかしたら閉鎖的な地域もあるかもしれません。でも、鬼石の方は本当に温かく迎えてくださいました。

渡さん|堀口さんのように、代々この地に住まれてきた方が、両手を広げて移住者を受け入れてくださる、そんな町。そういう考えが後の世代にも伝わっていて、とてもありがたいです。

嘉達さん|私たちが古いものが好きだと知ったご近所の方たちが古いものを自然と譲ってくださるようになりました。東京ではありえないですよね。

近所のカフェのオーナーの未奈さんと、ほっと一息おしゃべりタイム。すでに気心知れた仲間がたくさんできた。

買い物について

旬の食材は、地元の人たちが食べきれないほどたくさん分けてくれるほか、近所の農産物直売所で買い出し。
当然のことながら、都会で買うより安くて新鮮で、なによりおいしい。

仕事について

都内在住の時もカフェを営んでいた渡辺さん。
カフェのメニューは菜食中心で、体に負担のないやさしい味わいを心がけている。
美術館での出張カフェや、チェロの演奏を聴くイベントの開催など、展開の幅を広げつつある。