下仁田駅に隣接する広場に、大正時代に建てられた赤レンガ倉庫がある。長年使われていなかったこの建物を蘇らせたのが、東京都で古道具屋を営んでいた西原さん夫婦だ。古いものを大事にしながら新しい魅力を提案する2人のもとには、日本全国から人が訪れる。
米軍ハウスに住んだことをきっかけに、古いものに惹かれ始めたという西原さん。2012年から「古道具・熊川」を開業し、実店舗の運営と並行して、ネットショップやイベント出展も行っている。9歳の娘さんと3人暮らし。
下仁田には素敵な景色がたくさんある。人が訪れない古さのようなものが今も残っているのが魅力だとか。
大希さん|僕たちは引っ越してきてまだ1年経っていませんが、この町を本当にいい町だと思っているんです。地元の人はなかなか地元自慢、田舎自慢をしにくい。だからこそ、僕たちのような外から来た人間が町の魅力をストレートに伝えていきたいんですよね。
下仁田町を知ったきっかけは何ですか?
ジーインさん|私が南牧村に興味を持ったのがきっかけなんだよね。
「古いものにはおもしろいものが多い」と話すお二人。古道具屋を始めてみたら、奥行きのある仕事でハマり込み、現在に至る。
大希さん|古道具屋をしているからか古い建物や建築物にも興味があって、南牧村の養蚕農家に惹かれてドライブがてら見に来たんです。2017年の10月だったかな。帰る途中にこの辺りを通りかかったら、ここが目に入ったんですよ。広い敷地があって、大きな木造の平屋があって、そしてこのレンガ倉庫があって。独特なたたずまいというか緊張感がある建物で、単純に「すごい」と思ったんですよね。
地元の人達の間では「どこにも貸し出されない倉庫」という噂があったといい、西原さん夫婦が借りたときには驚かれたそうだ。
ジーインさん|ちょうどお店の移転を考えていた時期だったので、ダメでもともと、近所の方に「ここの持ち主は誰ですか?」と聞きました。
大希さん|それで持ち主の方を紹介してもらってお話したら、その日のうちに「空いてます。貸せます」と返事が来て。強烈な縁を感じましたね。
ジーインさん|私はもともと田舎に興味があったので、この物件との出会い、タイミング、それらで一瞬で気に入りました。
移住はご家族一緒に?
大希さん|まずは僕1人だけ、先に移住しました。住居が決まっていなかったので、倉庫の2階にテントを張って泊まって、古さをいい状態で残しながら、この倉庫をどうやって生まれ変わらせるか考え、少しずつ改修を進めていきました。近所の電気屋さんを紹介してもらったり、妻が来たときに、自分たちで床を塗ったり。
1階はモルタルの床、2階はもともとあった杉板の床をそのまま活かした内装にした。
「古道具・熊川」では、家具や道具を組み合わせて、他にはない空間を創り上げている。
現在の住まいはどうやって探されたんですか?
ジーインさん|移住前から家を探していましたが、すぐには見つかりませんでした。すぐ決める気持ちにならなかったというのもあります。この辺りの環境に慣れてから家を考えたかった。なので、諸々の手続きで役場に通っているときに広報を見て町営住宅があることを知り、申し込んで入居しました。私と娘は小学校の学年が上がる3月に引っ越してきました。
大希さん|僕達は土地勘がないじゃないですか。できれば春夏秋冬、1年を過ごしてから、安心して長く暮らせる場所に住みたいと思ったんです。
ジーインさん|移住するなら町営住宅をスタートにするのはお勧めです。
ジーインさんは台湾出身。フェイスブックを通して台湾のお客さんにも商品を販売している。
お店をオープンされてからはいかがですか?
大希さん|2018年5月、GW前日にオープンしました。今はSNSですぐ発信できるので、僕達がレンガ倉庫を借りたっていうだけでも反響がすごくて、以前からのお客さんも同業の人もオープンを待ってくれていた感じです。建物が好きな人も多いので、日本全国からいろんな人が来てくれていますね。遊びがてら「一回見てみたい」って来てくれるんですよ。
ジーインさん|来てくれた人は皆さん魅力を感じるみたいです。
SNS用に商品を撮影するのも大希さんの仕事。自然光にこだわって様々な時間帯に撮影している。
全国から仕入れたものは、調整し、リペアしてからお店に出す。家具もどのように生まれ変わらせるかで店の個性が出るという。
大希さん|そうすると、「宿はありますか?」とか「温泉ありますか?」ということもよく聞かれるんですね。なので、観光地みたいに何でもあるわけじゃないけど、下仁田にはこういういいところがあるよっていろいろ紹介するようにしています。もちろんまだまだ知らないお店があるので、もっとたくさん紹介できるようになりたいし、ゆくゆくは下仁田を楽しめる店が増えていったらいいなと思っています。
ジーインさん|それがまちづくりですよね。住んでいる人がいて、おもしろいお店があって、人が来て、活性化していく。
大希さん|群馬の人でも下仁田に来たことない人がいるので、近郊の富岡や南牧を含めてつながって、人が来てくれるようになると嬉しいですね。古い空き家もまだまだあるので、あちこちで使われるようになるといいな。僕らもどんどん宣伝していきます。
下仁田は、作家やアーティストにもお勧めの町だと話す。制作に使えそうな場所はまだまだあるという。
地域の方とのコミュニケーションは?
ジーインさん|まず驚いたのは役場の方と距離が近いこと。
大希さん|東京では、何が建てられようが壊されようがその他大勢の一人という感じを持っていたんです。でもここでは、自分や仲間や、役場の人や町の人も巻き込んで、何かやっていこうという空気というか可能性がある。自分がグループの一員だって自覚も持てるじゃないですか。そういう部分も、いい変化。ここに来てからそういう感覚が芽生えましたね。
ジーインさん|移住前は、地域の人には警戒されるかもしれないというような不安もありました。輪に入れないかもしれないとか。でも実際に来てみたらそんなことはなく、役場の人とも距離が近くて、町の人みんなが知り合いみたい。嬉しかったですね。
お子さんもすぐ下仁田に馴染みましたか?
大希さん|最初の1カ月、友達ができるまでは「東京に帰りたい」とこぼす場面もありましたね。下仁田の小学校は一クラスしかなく、皆が小さいときから知り合っているような関係なので、とくに。でも友達ができてからは楽しそうですし、一安心しました。おかげさまで、親子ともに下仁田の人達にはよくしてもらっています。
最後に、移住を考えている方へメッセージをお願いします。
大希さん|じっくり考えたり場所を検討することも大事かもしれないんですけど、縁を感じて、そこに突き進むのも大事だと思うんですよね。繰り返すようですが、こんなサイズの建物は都内にはないし、まして一個人に貸してくれるなんてなかなかないですよね。でも最近はこうした古い建物をリノベーションして商売をしている人、したいという人は増えているんです。群馬をはじめ、手つかずになっているいい物件がまだまだあるので、いい場所と出会って縁を感じたら、その気持ちを大事にしてほしいです。
「ここに来てくれたら、絶対に気に入ってくれる」と自信を見せる大希さん。
もともと全国から仕入れを行い、顧客も全国から訪れていたため、東京都から移転しても仕事面ではあまり影響がなかったという。収入面でも大きな変化はなく、SNSが普及していることが、西原さん一家の移住を後押しした面もある。
各市町村には、市営や町営の住宅があるので、移住の第一歩としてそれらの住宅への入居を検討することもお勧めだと話す西原さん。環境が落ち着いた現在、家を建てるか、買うか、新たな住居の検討を始めているという。