梨の一大産地である明和町。収穫時期にはおいしいブランド梨を求めてやってきた県内外の車で梨街道がにぎわう。かつては新聞記者という全く畑の違う職種から梨農家に転身し、町おこしへと情熱を注ぐ東さんをたずねた。
大阪府出身。新聞記者時代を経て、就農8年目。明和町の若手梨農家の団体「梨人(なしんちゅ)」代表。妻と、町内のこども園に通う6歳の長女、2歳の長男とマイホームで4人暮らし。
梨はもぎとった瞬間が甘さのてっぺん。しっかりと熟した状態で朝収穫したものを直売所に並べるので、皆さんそのおいしさに驚かれるんですよ。明和の梨を好んでくれて、わざわざ他の梨の産地から足を運んでくれる方もいるほど。
梨農家の繁忙期は8月お盆前後から9月のお彼岸前後。収穫が一段落した頃、東さんの直売所をたずねた。
梨づくりに最も大事なのは、何でしょうか?
土だと思います。ここはかつて利根川が氾濫したことによって、肥沃な土地がある。それが梨栽培に適しているようです。
現在、梨園はどのくらいの広さですか?
92アール(0.92ha)ですね。就農した8年前に比べるとおおよそ3倍の広さになり、収穫も一定量が採れるようになってきました。目標は年間1アールあたり3000kg。梨の苗木は育成に7~8年ほどかかると言われているので、就農してすぐは国や県、町からもらう補助金を活用しながら軌道に乗せました。
樹と樹をつなぐ「ジョイント仕立て」という栽培技術を取り入れ、格段に作業が効率化したという。
基本的にお一人で管理しているのでしょうか?
はい、基本的にはそうです。お盆あたりから9月のお彼岸あたりまでが収穫期のピークを迎えますが、病気などにならないよう剪定・誘引・接ぎ木をはじめ、一年中やることはあるんですよ。最近、両親が大阪から引っ越してきてくれて手伝ってくれるので、かなり助かっています。
大阪から!!それは頼もしいですね。
マイホームと一緒に離れを建てて、いい距離感で暮らしていますよ。好きな土いじりができると喜んでくれています。大阪に住んでいた頃も戸建てでしたが、畑があるほど広くはなかったので。
梨畑から車で数分の距離にあるマイホーム。三世代で敷地内同居をし、にぎやかな毎日だそう。
梨農家になるきっかけを教えてください。
前職の新聞記者時代、観光で地域のまちおこしをしている方々を取材したんです。その時の皆さんの「おらがむら」、「おらがまち」を盛り上げようとする熱意に触れて、自分も同じようにまちづくりの“プレーヤー”になってみたいという思いがだんだん強くなりまして。東京のど真ん中で働いていたので、毎日満員電車に揺られていたし、組織の中での窮屈さも感じるようになって、現状に疑問を抱くようになりました。
その時は、何歳くらいでしょうか?
ちょうど30歳を超えたあたりで。まだ独身だったのもあり、自由に人生の舵を取るにも大きな迷いはありませんでした。
実際にどのように行動に移したのでしょうか?
グリーン・ツーリズムといわれる農業体験がだんだんと盛んになってきた頃に、その現場を取材に行ったんです。そこで、農作物を作って市場におろすことだけが農業じゃないんだな、と気づきまして。農業の第六次産業化(※)ができれば、1から10まで全部、自分の好きなようにできる。農家だってまちづくりに貢献できるんじゃないかと、自分のイメージがクリアになりました。
※第六次産業とは
農林漁業者(1次産業)が、農産物などの生産物の価値を高め、それにより所得(収入)を向上していくことです。さらに食品加工(2次産業)、流通・販売(3次産業)にも取り組み、それによって産業自体を活性化させ、そのまちの経済を豊かにしていこうとするもの。
「移住」ありきではなく、自分が何をしたいか、目的を明確にしてから移住するといいと話す。
農業の世界に飛び込む決意を?
全く知識も経験もない状態でしたが、千葉県の農家で研修生として住み込みで働いて農業のいろはを教えてもらいました。10haもある広大な畑で仲間達とさまざまな種類の野菜を作って。その時に消費者の方に「いつもおいしい野菜をありがとう」と声をかけていただいて。鳥肌が立つほどうれしかった。実際、慣れない農作業で身体のあちこちが痛かったけれど、そんなのも吹き飛びましたね。自分の中で「やれる」と確かな自信に変わりましたね。
どのくらいの期間、研修されたのでしょうか?
約10か月間でした。当時は野菜だけを作っていたので、果樹も勉強してみたい。どうせなら、自分が最も好きな果物である「梨」をやってみたいと思うようになりました。
苗木を植えてから実をつけるまでに7~8年かかるといわれているが、ジョイントすると樹と樹が補完し合うので、成長が早いという。
明和の梨をより多くの人に食べてほしいとの思いから、梨のドライフルーツの商品化を目指す。実際に食べた我が子の反応は上々とのこと。
明和が梨の産地であることはご存じだったんですか?
いえ、知りませんでした。他県の役場などに相談しようと電話してみても、取り付く島もない状態で。そんな時、たまたま農業新聞をチェックしていたら明和町の梨農家の記事が目について。コレだ!と。ちょうど、自分が希望する、「Iターン移住で果樹農家になった方」が載っていました。
「新聞」がきっかけで、一筋の光が!
そういうことになりますね(笑)。早速調べて、担当者に電話をしたら「話だけでも聞きにくるか」ということに。今までそんなふうに言ってくれるところはなかったので、本当にありがたかった。新規就農者である自分に対して親身に動いてくれて。そういう意味でこの町の受け入れ体制は「日本一」だと思っています。
はじめて育てた梨が実をつけた時は、どんな気持ちでしたか?
意外と淡々としてました(笑)。それよりも、お客さんに「おいしかったよ。子どもが梨嫌いだったのに、東さんちの梨はパクパク食べたよ」という一言をもらえる瞬間が最高ですね。
日本人に人気の品種「幸水」を中心に、酸味があって果肉が柔らかい「豊水」も栽培している。
今後の目標と、新規就農の方へのアドバイスをお願いします。
若手梨農家が集まってつくった「梨人(なしんちゅ)」の法人化を目指し、ドライフルーツなど加工品の商品化や、2020年のオリンピックイヤーには「梨人」専用の直売所を作りたいと思っています。新規就農にあたっては、目的をはっきり決めること。わたしの場合は、梨栽培を通してまちづくりをしたいという明確な思いがありました。だから一度もやめたいと思ったこともないし、その信念が揺らぐこともありません。「なぜ農家をやりたいか」。これを自分で突き詰めてみてください。また、明確な目的があってもなくても、就農の前にまず、農業研修を受けることをおススメします。農作業の実体験はもちろんですが、就農するための情報なども得られるかも知れませんから。
梨づくりを通して町おこしに奮闘する「梨人」のメンバーは現在4名。東さんの発案で、地元の女子高生たちによるPR活動も毎年恒例に。
東京暮らしとの大きな違いは?との質問に、人混みに疲れることが全くなくなったことと教えてくれた東さん。ただし、近くに海がない環境なので、時折恋しくなることもあるという。
マイホームを建てたばかり。元気いっぱいの子どもたちが、家の中でも庭でものびのびと遊べる環境を整えた。東さんが作った梨はもちろん、商品開発中のドライフルーツの試作も、子どもたちに大好評だそう。