岩櫃山のふもとに位置する東吾妻町。大学卒業後、緑のふるさと協力隊としてこの地に配属された田中さんは、のどかな山里の暮らしにすっかり魅了され、そのまま住み着いた。複数の仕事をかけ持ちしながら、移住相談員としても活躍する田中さんの日常を訪ねた。

大阪府→東吾妻町(2015年移住) 田中 静さん

profile

大阪で生まれ育ち、大学卒業後「緑のふるさと協力隊」として東吾妻町に配属。任期後に地域おこし協力隊員として町に残り、現在は、町の臨時職員、民泊施設の管理人など複数の仕事をかけ持ち。田舎暮らしを満喫している。

午後2時、ほっと一息つく時間。次は何をしようか、構想を練るのも楽しい。

地域おこし協力隊の任期後に、借りた古民家をリノベーションして農家民宿やカフェを開きたいと思っていたとき、たまたまこの農家民泊施設「マユダマハウス」の現地管理人のお話をいただいて。前の管理人さんが辞めるということで、ちょうどタイミングがよかったんですよ。

山の中腹に建つ「マユダマハウス」は、築135年の歴史を感じさせる養蚕農家をリノベーションした民泊施設。

そもそも東吾妻町に住むようになったきっかけは?

大学卒業まで大阪に住んでいました。学生時代には将来これをしたいという具体的な目標はなく、就活で合同企業説明会に参加して「緑のふるさと協力隊」を知り、1年間田舎で暮らしてみるのも面白いかなと。その間に自分のやりたいことを見つけられるかもしれないと思って。配属されたのが、群馬県の東吾妻町だったというわけです。

縁もゆかりもなく、いきなり群馬の山間部に来たということですね。

過疎に悩む農山村を元気にするという団体なので、山村に行くことはわかっていましたが、群馬県ってどういうところか全然イメージが湧かなくて。初めて来たときには、新幹線を二つも乗り継ぐのかと(笑)。でも、群馬原町駅で降りたら目の前に大きなスーパーがあって、「あれっ、そんなに田舎じゃないな」って思ったのが第一印象です。だけど、用意された家は山の上にあって、やっぱり周りには何もないところでした(笑)。
寒いところだと思って、半袖の夏服を持ってこなかったんですが、意外と暑かったことにもびっくりしましたね。

群馬県がどんなところか全く知らずに来たという田中さん。今では移住相談員も務めるほど地元通になった。

緑のふるさと協力隊終了後も、地域おこし協力隊として残られたんですね。

緑のふるさと協力隊としての1年間はあっという間に過ぎてしまい、もう少しここでやりたいことを見つけたいと思っていたときに、地域おこし協力隊という制度を教えてもらったんです。そこから3年間、町のイベントのお手伝いをしたり、土偶づくりに挑戦したりしました。
東吾妻町はハート型土偶が出土した町なので、それを観光PRに結び付けたらどうかと思って。土偶を粘土で作って子どもたちに絵付けを体験してもらったり、イラストに描いてTシャツを作って販売したり。イベントで土偶クッキーや土偶パフェを提供する土偶カフェも開きました。

協力隊の任期終了後も、町にとどまろうと思ったのは?

ここで何かを絶対したいという強い気持ちではなかったんですが、一度帰ったらもう来られないだろうと思うと愛着があって。まわりからも、当然のように「残るんでしょう」と期待されましたし。

町に残るに当たり、住居や仕事探しはどのように?

まずは家探しからですね。通っていたパン教室の受講仲間に「家を探している」って言ったら、「あるよ」って感じで割とスムーズに借りられました。二階に養蚕道具などがあるような、古い農家の一軒家を大家さんがリフォームしてくださったんです。
仕事は、まずはこの「マユダマハウス」の管理。お掃除や、備品の補充や、修繕の手配などのほか、宿泊者のアクティビティーとして、うどん打ちや道具作りなどを教えることもあります。日本の田舎を体験したいと、海外から来てくれる人も多いですね。片言の英語でもけっこう通じています(笑)。
そのほか、町の臨時職員として移住相談員も務めています。協力隊のころから移住相談会などでも活動していたので、スムーズに始められました。私自身が移住者なので、その視点を生かして、田舎暮らしのよさを伝えたいと思っています。
月2回、初心者向けのパンコン教室の講師を務めたり、得意なイラストを生かして絵の仕事を受けたりもしています。

掃除をしたり、布団を干したりしてゲストを迎える準備をする田中さん。

1階の和室や土間、板間などは古民家の造りを残す。薪ストーブや囲炉裏の使い方を説明するのも田中さんの仕事だ。

「おらがまちづくりプロジェクト委員会」にも参加されている?

協力隊のころから参加しています。最初は「おらがまち特産品作りプロジェクト」という名前で、地元のパンや素材を使って地産地消のハンバーガーをつくる活動でした。
今は「マイロックタウン」という活動ですね。東吾妻町には岩櫃山をはじめ、岩(=ロック)の名所がたくさんあるし、個性的な趣味や特技で「ロック」な生き方をしている方もたくさんいます。そこで、「ロック」をキーワードにしたまちづくりをしていこうというプロジェクトです。

複数の仕事や活動を掛け持ちしていて、スケジュール管理が大変では?

ここに住むからには仕事をメインにはしたくなくて。でもお金は必要なので、興味を持ったことにいろいろチャレンジしながら暮らしていければと思っているんです。
ですから、1日のスケジュールは全然決まっていなくて、朝4時に起きることもあるし、逆に寝坊することも。「ああ、この時間が空いたからこれしよう」みたいな。自分次第だから、自分がスケジュールを遅らせると後のスケジュールも全部遅れちゃう(笑)。

チェックインを待ちながら今日のゲストの情報を下調べ。海外からのゲストにも日本の田舎のよさを伝えたい。

仲間づくりはどんなふうに広げていったのですか?

私、もともとは人見知りで、人前で話すのも苦手だったんですよ。人前でも話せるようになったのは、協力隊を経験したことが大きいですね。
大阪で普通に就職していたら友だちはほぼ同世代だったと思いますが、ここでは世代関係なく70代とか80代の人とも仲良くなって、交友関係が広がっていきます。それがめちゃめちゃ面白くて。たとえば、ドクダミとかヨモギなどのような野草を、化粧水にしたり、お茶にしたり…。みなさん親切に教えてくださるんです。
最初は「人付き合いが濃いな」と思ったこともありましたが、慣れてきたらいい距離感だと思うようになりました。ちょっと顔見知りになったら「こうしたらいいんじゃない」とか「だいじょうぶ?」とか、いろいろ気にかけてくれる。当たり前のように助けてくれる人が多くて、それが一番びっくりしたことですね。

これからの夢は?

今は、興味を持ったいろんなことに手を出して時間に追われていますが、もう少し生活を安定させたいです。自分にとって、これだ!というもの2、3個に絞って、さらに充実させていきたいと思っています。

山並みを見晴らす2階の大きな窓。滞在中、のんびり家の中だけで田舎暮らしを楽しむ連泊客もいるとか。

暮らしについて

東吾妻町は田舎暮らしをしたい人にはぴったりな場所だという田中さん。都市部と農山村の中間地点で大きなスーパーなどもあり、便利さとのどかさを両立させた暮らしができる。冬の雪もあまり積もらないので心配ないとか。

住居について

町内には活用されていない空き家がたくさんある。空き家の現地確認も移住相談員としての田中さんの仕事だ。空き家バンクができたので、登録数がもっと増えてくれば移住希望者の家探しも便利になると期待している。